久敬会総会・大野裕之氏講演のご報告

2017年11月24日(金)更新
2017年度 久敬会総会 大野裕之氏ご講演の報告

会場内の年功序列に並べられたテーブルの最後列に座り、同期の人たちと楽しそうにお話をする大野氏のお姿に、私は、半年前に初めて連絡を取る時のことが嘘のように思えました。
総会での講演をお願いしたいと委員会で話し合いながらも、著名な方だけに連絡が取れるのかどうか、取れても引き受けていただけるのかどうかと、ほとんど諦めながらアクションを起こしたのでした。そして連絡が取れましたら、快く『母校のためなら』と欧州へ行く予定を変更し、全てこちらの依頼通りの内容で、ご講演を引き受けてくださいました。

講演内容『チャップリンの生涯』

 まず冒頭の「卒業式の前日に、校舎に壁画を描いたのは僕たちです。すみませんでした。」という突然の告白に、会場内が和み、また当時「お前がしたのか?」と大野氏に電話をかけた先生も居合わせ、驚きが隠せない様子でした。

 チャップリンと言えば、誰もが知っている喜劇王ですが、あまりに有名な存在ゆえに、知られていない事実も多いとのこと。大野氏はチャップリン研究を深めるために、23才で渡英。英国映画協会にチャップリンの秘蔵映像(NG映像)を見せて欲しいと押し掛けたが当然断られ、帰国後何度も手紙やファクス・メールを送り、ようやく見せてもらえることになったとのこと。再び渡英しその映像を再生し全て見終えるのに、足掛け2年かかったとのことで「見ている方が疲れるほどだった」とおっしゃっていました。

 NGフィルムで印象的だったのは、完璧主義者のチャップリンが、同じシーンを10回も20回も撮り直し、最初2分だった映像が最後には10秒になっているという点だったとのこと。普通は、面白いアイディアを思いついたら付け加えていくものだが、チャップリンは最初に膨大なアイディアがあり、それを惜しげもなくそぎ落としていく。また、チャップリン映画には、人種差別的なギャグや性的な笑いは見当たらないが、実はNGフィルムを見ると、当初はそれらも入れていて、どんどんそぎ落として最後にはテーマに沿った笑いだけを残していることがわかる。つまり、チャップリン映画のヒューマニズムは、何度も撮り直すうちに体得されたものであるからこそいまだ力強いのだ、と解説していました。

 他にも、1917年に、チャップリンの人気に便乗したモノマネ芸人たちに、チャップリンは歴史上初めて肖像権の裁判を起こして、これによりチャップリンはイメージキャラクターを確立したという話や、1932年の初来日の際に、海軍将校たちは、チャップリンを5.15事件のターゲットとして、犬養毅総理と共に暗殺することを計画していたのだが、虫の知らせがあったのかチャップリンは直前に予定を変更し、相撲観戦をしたために被害に遭わなかったといった興味深いエピソードも披露されました。

 後半は、大野氏の近著『チャップリンとヒトラー』(岩波書店、サントリー学芸賞受賞)の内容を紹介。4日違いに生まれ同時期に同じ髭を生やした二人——片方は世界でもっとも愛された喜劇王、もう一方はもっとも憎まれた独裁者となった両人を比較。ヒトラーが世界大戦を仕掛けていくタイミングで、チャップリンは『独裁者』を製作して真っ向から対決した様子を語りました。
 
 京都在住の大野氏は、チャップリンが来日中、特に京都で寛いでいる写真をたくさん披露し、チャップリンの生涯に日本人(秘書は高野虎市という日本人)や日本の文化が深く入り込んでいたことを実感させてくれました。
 
記録:安田智枝
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