戸田大会優勝記念の写真
ここに一葉の写真がある。戸田大会優勝記念(大正9年茨木中プール前にて)のキャプション(説明文)が付けられている。
この写真は1995年11月7日発行の茨木高校『百年の歩み』36ページから採ったものである。残念ながら写真の7名の人物の名前は載っていない。
そこで、この7名の人物の名前を特定して欲しいとの依頼があった。
依頼してきたのは(公益財団法人)日本水泳連盟が発行している「月刊水泳」の連載記事「水泳ニッポンのルーツを訪ねて」を執筆している今村昌明氏。
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『百年の歩み」』 表紙 |
・日本で最初の学校プールとクロール泳法
さて、大正9年といえば西暦で1920年、令和元年(2019)の今からおよそ100年前のことだ。この時に一体何があったのかを先に紹介しておきたい。
旧制の大阪府立茨木中学校は大正5年(1916)に初代校長、加藤逢吉の発案により、体育教諭、杉本伝の指導の元、日本で最初の学校プールを生徒たちの勤労奉仕によって作り上げた。
全校生徒の皆泳を目指してのプール建設であったが、杉本教諭は水泳研究班を作って泳法の研究を進め、遂に入谷唯一郎が日本で最初にクロールを完成させる。他の生徒たちも入谷の真似をしてクロールをマスター。
又、背泳も従来のカエル足からバタ足に変え、平泳ぎも潜水泳法や二掻き毎に一回呼吸するなどの改良を重ね、関西で最強とされていた神戸高商(現、神戸大の前身)と試合をして勝つ程になった。
・全国競泳大会(戸田大会)で優勝、日本近代水泳の始まり
そこで、当時において最高の権威ある水泳大会とされていた東京帝国大学主催の全国競泳大会に初めて参加した。大正9年8月9日、10日のことだ。
大会の場所は伊豆半島の戸田(へだ)湾。杉本伝教諭が率いたのは四年生の吉田啓吉が最年長、次に三年生の石田恒信、二年生の入谷唯一郎と高石勝男、一年生の松上龍太郎で総勢わずか五名。
参加チームは千葉県の安房(あわ)中学校、一高(現、東京大)、浜名湾遊泳協会、慶応義塾、神戸高商、大阪高商(現、大阪市大)岩手水泳協会に茨中を加えた八チーム。チームの人数に制限はなく、年齢制限もない。
茨中の五人は最少人数で、当然ながら一番若い。子供たちが大のオッサン連中に挑戦したようなもの。ところがビックリ!優勝してしまったのだ。
8月13日の国民新聞は次のように報道した。「一高、浜名等の猛者連を一蹴して十七才十六才十五才という中学の二年生位を集めてきた大阪府茨木中学が優勝したのはとんだ番狂わせであった。一高の如きは何の子供がと頑張ってみたが、競泳であるから早い者には敵わない。無念の歯?みをしながら、十日夕、直ちに帰ってしまった。」とある。茨中の水泳王国の幕開けであり、日本近代水泳の始まりであった。
・オリンピック選手輩出
この時のメンバーの石田恒信、高石勝男は1924年のパリオリンピックに出場、茨中が生んだ最初のオリンピック選手である。杉本伝教諭は日本がオリンピックで水泳に参加した時の最初の水泳監督である。高石勝男は百自由形、千五百自由形、八百リレーで入賞を果たした。
次のアムステルダムオリンピックにも杉本伝教諭は飛込みコーチとして参加。
高石勝男は百自由形で銅メダル、八百リレーで銀メダルを獲得した。
茨中生の高階富士夫も飛込みで決勝に進出。同じ茨中生の入江稔夫(としお)も百背泳で四位に入賞した。
さらに1932年のロサンゼルスオリンピックにも杉本伝教諭は日本初の女子水泳陣の監督、又、日本初の水球チームの監督として三大会連続の参加。高石勝男も主将として三大会連続参加。早稲田大学に進学していた入江稔夫は百背泳で銀メダルを獲得した。水球チームには茨中出身の阪上安太郎もいた。

・戸田大会の写真
さて、肝心の写真である。
杉本伝教諭は前列左から二番目に和服姿でデンと構えている。コーチを務めていた中田留吉は後列右端に水着を着て立っている。
この二人は直ぐに分かったが、褌姿の五人の少年を特定する同時期の写真が一枚しかない。それも優勝旗を持つ石田恒信と入谷唯一郎の二人だけだ。
・優勝旗を持つ同時期の写真(左が入谷、右は石田)
実は『茨高九十周年記念誌』等には左が石田、右が入谷となっているのだが、今村昌明氏がこれは誤りで左が入谷、右が石田だと指摘してこられたのだ。
一時は混迷したが、最終的には昭和42年の読売新聞の記事から、左が入谷、右が石田ということが判明した。
尚、これを機会に茨木高校『創立九十周年記念誌』の20ページ、及び『創立百周年記念誌―天つ空見よ』の15ページに共通の「伊豆・戸田の全国水泳大会に優勝」のキャプション(説明文)を修正させて頂きます。
「優勝旗を持つ石田恒信(3年級)」となっていますが、優勝旗を持って左にいるのが入谷唯一郎で、右の小柄な人物が石田恒信です。
発行後三十年以上も経過して恐縮ですが、お詫びして修正させて頂きます。
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『創立九十周年記念誌』表紙 | 『創立百周年記念誌-天つ空見よ』表紙 |