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高37回 1年4組 クラス同窓会
 
 2019年9月22日(日)に、高37回1年4組の同窓会を大阪梅田にて開催しました。
2015年の高37回全体同窓会を機に、「1年生のクラスでも集まってみよう」との声があがり、2017年9月に初めて開催、今回で3回目となります。回を重ねる度にSNS等で連絡可能な人数も増え、関西以外からの参加者も含めて19名が集まりました。
 卒業後初めて顔を合わせる面々もある中、お酒が進むに連れて、思い出や近況の話から自然と直ぐにタイムスリップ。(入学直後の)神鍋合宿での初々しい集合写真を回覧しながら、「全然変わっていない!」「聖子ちゃんカットが多い!」「そんなこと覚えてない!」等々、大いに盛り上がると共に、これまでの活躍や取り組みに刺激を受け、互いに元気を貰うことが出来ました。
 こうして、気兼ねなく心地のよい、16歳当時のようなひと時はあっという間に過ぎて、またの再会を約束して散会となりました。40年近くも前、入学時の期待や不安のある中で出会い共に過ごしたからこそ、今日まで続く絆なのだと改めて感じた次第です。
 今回の「つながり」を大切に、色々なネットワークも活用して、更に参加者を増やしていきたいと考えています。参加出来なかった皆さんからの連絡をお待ちしています。





 
 第7回就活相談会参加者及びメール相談募集
 
 就活に関することや就職してからの仕事について茨高の先輩が何でもお答えします。茨高の縦のつながりを活用して若い会員の皆さんに有益な行事にしたいと思っています。堅苦しくない気軽な会ですので、ぜひ一度覗いてみてください。
 そして今回は当日都合が悪く参加できない就活生の皆さんに、メール等を使っての相談に乗れるように茨高の先輩を事務局にて紹介します。当日の参加講師以外の方もエントリーいただいていますので、ぜひご活用ください。
 
◆就活相談会◆
  • 日時:2019年11月16日(土) 13時30分~
  • 場所:久敬会館2F会議室
  • 対象:就職活動を控えた大学生、大学院生(学部1~2回生の参加も歓迎)
  • 【第1部 13:30~17:15】
    就活を終えた内定者、実際に職場で働いている先輩方々との意見交換(飲み物・お菓子付き)。会社の選び方、面接の心構え、会社での実際の仕事の様子等疑問に思っていることを何でも御相談ください。業種や職種ごとにいくつかのグループを作りますので、興味のあるところを複数まわっていただけます。
  • 【第2部 17:15~18:15】
    講師の方々とのフリートーキング。もっと突っ込んで話を聞きたい講師の方とじっくりお話ください。
  • 【第3部 18:45~20:45】(近隣の飲食店にて予定)
    講師の方々も交えた懇親会(会費\1,000円)。
    第1部や第2部のみの参加も可能です。(途中の入退室も可)
    講師の方々との打合せにより内容は一部変更となることがあります。
  • 申込:事務局までメール又はFAXにて卒回、氏名、連絡先(携帯番号、メールアドレス等)、懇親会参加有無をご連絡ください。担当者から折返し連絡を差し上げる場合があります。
  • 募集定員:先着40名
  • 締切:11月6日(水)
  • 【現在参加予定の講師の方々】
    ネスレ日本(人事新卒採用担当)、パナソニック(商品企画)、信越化学工業(営業)、川崎重工業(製品開発)、リンクアンドモチベーション(人材コンサルティング)、関西電力(国際事業関連、土木建築の2名)、三井住友銀行(総合職)、トヨタ自動車(調達)、旭化成(開発・化学系)、ジェイテクト(自動車部品設計)、ライクスタッフィング(人材サービス・内定)、ミズノ(営業)、参天製薬(営業企画)、他
    この他にも増える予定です。都度情報を更新しますのでチェックお願いします。
    正規の会社説明会等では採用を気にして質問できないことも、卒業生の先輩なら遠慮なく質問できます。気軽に話ができる雰囲気を心掛けていますので、必ず満足して帰っていただけると思います。
    毎回の参加者アンケートでも参加してよかったと感想を寄せていただいています。是非お気軽にお越しください。
    当日は普段着でお越しください。

◆メール相談◆
1) 事務局宛メールにて卒回、氏名、連絡先を明記のうえ、相談したい先輩の卒回、会社名をご連絡ください。対象のリストは準備が整い次第こちらにアップします。
→(pdfファイルのURLリンクを貼ります。)
2) 折り返し事務局より相談に乗っていただける方の氏名、メールアドレスをご連絡します。
3) 久敬会の就活相談会にて紹介してもらった旨を記載してメールで直接連絡ください。

◆お問い合わせ◆
 久敬会事務局:kyuukei@skyblue.ocn.ne.jp
藤井泰則著『杉本伝(ツタエ)
 ~水泳日本生みの親、高石勝男とオリンピックへ~』の紹介

 2019年7月に刊行された『杉本伝(ツタエ) 水泳日本生みの親、高石勝男とオリンピックへ』は、日本近代水泳の礎を築いた、旧制茨木中学校の杉本伝教諭と茨木中学校のプールの物語です。著者は茨木高校久敬会の事務局次長である藤井泰則(高17回)氏。
 
 藤井氏は親しみを込めて「伝(でん)さん」と呼び、物語を綴ります。
 本書は「序章 水泳日本、世界の覇王となる」という印象深いシーンから書き出されます。1932(昭和7)年7月30日から16日間、アメリカのロサンゼルスで開催された第10回オリンピックの水泳競技で、男子水泳は競泳6種目のすべてでメダルを獲得し、中でも圧巻は100メートル背泳の表彰式でした。

《なんと三本の日の丸が高々と翻(ひるがえ)ったのだ。快晴のロサンゼルスの空に美しく映える日章旗は、見る日本人の心をうち震わせた。》

 そして、日本では号外が配られます。

《8月14日、東京朝日新聞は「水泳日本・世界の覇王となる」と大きな見出しをつけ、号外を配った。》

 もし、来年の2020年の東京オリンピックで、このような光景が出現したら、きっと日本中は歓喜の渦に包まれるに違いありません。まして、その中に、茨木高校関係者がいたとしたら、茨木高校や久敬会にとって大きな誇りになるでしょう。実は、ロサンゼルスで揚がった3本の日章旗のうち、一本は銀メダルの入江稔夫(としお)(中30回)氏を讃えるものでした。
 この「世界の覇王となった水泳日本」の基礎を作ったのが、杉本伝教諭であり、茨木中学校のプールだったのです。本書の帯的な箇所に印刷された、次の言葉がすべてを物語っています。

《クロール、飛込み、水球…日本近代水泳のすべては大阪・茨木のプールから始まった。》

 著者の藤井氏は、杉本教諭の生い立ち、そして杉本教諭が主導し、4年生の川端康成も1年生の大宅壮一も作業に参加した、日本で初めての学校プールの築造、さらにはそのプールでのクロール泳法の研究や全国大会での茨中生の活躍、さらにはオリンピックでの日本人選手の活躍の様子を、残された史料を綿密に読み込み、生き生きと活写しています。よくもこれだけ調べられたものだ、と感嘆するほどの徹底ぶりです。
 本書執筆の動機は「終わりに」で語られていることに尽きます。

《執筆の動機は杉本伝氏を本にして記録にとどめたいことにあったが、NHKの大河ドラマで田畑政治を水泳の代表としていることに対する軽い反発もあったことも認めておこう。金栗四三をオリンピックの陸上の代表とすることに全く異論はないが、水泳の代表は我らの大先輩である杉本伝氏の方が余程ふさわしい。クロールを普及させたのは田畑政治では断じてない。杉本氏がクロールを研究して普及させ、高石勝男氏がクロールを完成させたのだ。》

 まさにそのとおりです。
 1939(昭和14)年に茨中を退職した「伝さん」は、戦後の1952(昭和27)年に、久敬会の初代会長に推されます。そして、1979(昭和54)年に生涯を閉じました。91歳でした。
 終章は、1985(昭和60)年の「日本近代水泳発祥之地」記念碑の除幕式の様子と、1995(平成7)年の茨高創立100周年の年に完成した屋内プールの記述で締め括られます。

《伝さんがパリオリンピックに行った時、またその後の欧米視察旅行の時、あんなにも羨(うらや)ましく思い憧(あこが)れた屋内プールが70年の時空を経て、ようやく茨高にその姿を現したのだった。》

 ここまで読んできて、読者は深い感慨と共にページを閉じることでしょう。
 本書が多くの久敬会会員や水泳の関係者に読まれることを願ってやみません。
 なお、本書は一般の書店では取り扱っていませんので、ご購読のご希望の方は、直接、通信販売のアマゾンでご購入ください。 (2019年9月 広報委員会記)
 
◆著書の一部「おわりに」  ◆著書の一部「はじめに」
2019年度 就活相談会の講師を募集しています
 
 今年度も若い会員の皆さんにも気軽に参加いただける行事として、11月16日(土)に久敬会館で就活相談会を開催します。
 つきましては就活相談会に講師として協力いただける方、会の企画運営に協力いただける方を募集します。自らの就活の経験や、就職してからの仕事の内容について是非後輩に伝えたいという社会人・内定者の方のご連絡をお待ちしています。
 また、今年度は当日都合で参加できない講師の方々で、後日後輩(当日参加できなかった方も含め)からの相談にメール、LINE等で応じることのできる方も募集します。ぜひご協力をお願いいたします。
 
 申込は久敬会事務局までメール又はFAXにて卒回、氏名、連絡先(携帯番号、メールアドレス等)、終了後の懇親会出席可否、後日のメール相談の可否をご連絡ください。
募集定員:20名程度(参加者)、後日のメール相談は定員なし。

詳しくは、久敬会報73号(2019年9月発行)の6ページをご覧ください。
≪特殊詐欺に注意≫
 茨木警察署の方が特殊詐欺の注意喚起に久敬会館に来られました。最近も60代後半の久敬会員が被害を受けられています。犯人は、警察官、銀行員、裁判所関係者などと名乗る人物を登場させ、巧みな手口でだましています。会員の情報を久敬会名簿等でよく調べて、だます筋書きを作っています。
 会員の皆さまには名簿の活用や保管に十分に注意して下さい。
※最近の事例の一部をPDFで紹介します。 警察官編名義貸しトラブル編
※大阪府警察のHPも参考にしてください。
 https://www.police.pref.osaka.lg.jp/seikatsu/tokusyusagi/6646.html
 
2019年度 久敬会総会・懇親会のご案内 

久敬会総会・懇親会はどなたでも参加いただける世代を超えた同窓会です。
同期や近い世代だけでなく、大先輩の話や若者の話もお楽しみください。
 
  • 日時:2019年10月19日(土)15:00~18:00(14:30受付)
  • 会場:立命館いばらきフューチャープラザ イベントホール
  • 会費:5,000円    招待者(高20回・21回・旧職員)3,000円 
                新会員(高70回・高71回)1,000円
  • 申込:久敬会報同封の振込用紙で10月3日(木)までに総会会費を送金してください。
        入金を確認出来た時点で申込受付とさせていただきます。
     
  • 総会:会長挨拶・校長挨拶・会務報告
  • 講演・演奏:小濱達郎(高51回)によるピアノ弾き語りとトーク   
    茨木高校を卒業して20年が経ちました。大阪大学大学院を終了後音楽の道へと踏み出しました。結婚、そして長男の誕生を機に、現代の世の中が抱えている様々な問題に目が行くようになりました。持続可能な暮らし・世の中を実現したい、そのためには、まずは自分自身が実践しようという考えに至り、2017年に京都府南丹市の農村に移住、自給自足を実践しています。日々の暮らしの紹介と、ピアノ弾き語りでの演奏を予定しています。
  • 協力:高20回・高30回・高40回  
  • 主催・問合せ 久敬会
久敬会会員向けオリジナル企画(主催:久敬会)
「岩尾根と紅葉をたのしむ、宝塚・中山連山ハイキング」 【実施要項】
 
  • 日時:2019年11月16日(土) 8:15~15:30(予定) 
  • 参加費:無料 
  • 集合:8:15 阪急宝塚線・山本駅 北出口前 
 
  • 解散:15:30ごろ、阪急宝塚線・中山観音駅(予定) 
  • 行程:山本駅→西明寺滝→万願寺西山→中山最高峰→奥之院→夫婦岩→中山寺→中山観音駅
    標高差:登り428m、下り416m。
    歩行距離:約10.2km。歩行時間:約4時間30分(休憩、昼食時間等を除く)
    中山寺の拝観料は無料です。 
  • 案内:岡田敏昭(高38回)
    日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅡ)、奈良山岳自然ガイド協会正会員。
    妻の岡田知子(高39回)と夫婦でガイド会社「遊山トレッキングサービス」を経営。
    山と溪谷社・分県登山ガイド「大阪府の山」著者。JTBパブリッシング社のガイドブック
    や、山岳誌「山と溪谷」、「岳人」で執筆。
    登山歴38年。マッターホルン、キリマンジャロはじめ国内外1,000座以上に登頂。
    茨木市青少年野外活動センター・キャンプカウンセラーOB。 
  • 装備・服装:長袖長ズボン、リュックサック、登山靴またはスニーカー、帽子
    未舗装の山道を上り下りします。パンプスや、靴紐で締めないタイプなど、運動に適さない靴はご遠慮ください。
  • 持ち物:
    昼食(お弁当)、飲みもの(500~1000cc)、雨具(上下セパレートのレインウェア)、防寒着(ウインドブレーカーなど)、ヘッドランプ(替え電池も)、タオル、着替え、健康保険証
    (あれば便利)ストック、手袋、折畳傘、おやつ、ゴミ袋、ポケットティッシュ、常備薬等
      ※防寒着は、脱ぎ着しやすいものを重ね着すると便利です。 
  • 実施人数:最低人数5名様~最高人数30名様
         30名をオーバーした場合、申込先着順とさせていただきます。 
  • 悪天候の場合:
    前日17:00時点の気象庁発表の気象予報で、当日の兵庫南部県の降水確率が6-12時、12-18時いずれかが60%以上であれば、自動的に中止します。事務局からの連絡はありません。
    また、当日朝に、台風などで暴風雨警報が発令された場合など、現地で中止の判断をする場合もありますがご了承ください。その他、当日朝に雨が降っていても、基本的に決行です。
  • キャンセルのご連絡について:
    ご参加の皆さまには、当日有効のハイキング保険をおかけします。その関係上、参加をキャンセルされる場合は、11月15日(金)午前10時までに久敬会事務局(電話番号072-624-1545)までご連絡ください。
    それ以降は岡田敏昭ガイドにご連絡下さい。
    電話(090-6972-7333) メール(dash@axel.ocn.ne.jp) 
  • 年齢制限等について:
    年齢制限は設けておりませんが、山道を歩ける体力・脚力のある、健康な方が対象です。
  • コース状況、諸注意事項等:
    当日朝、集合時間に遅刻されても、行程の関係上、出発いたします。
    ご参加の皆さまには、当日限り有効のハイキング保険をかけさせていただきます。
    道中、トイレは山本駅、奥之院、中山寺、中山観音駅にあります。
    交通機関の運行時刻はご自身でご確認ください。現地までの運賃は各自負担です。
    コースタイムは、一般の登山地図・ガイドブックに記載のレベルで記載しています。
    コース・内容等については、状況により変更する場合がありますのでご了承ください。
    花期や紅葉の時期等は、気象条件等によりずれることがありますのでご了承ください。
    体力などを考慮し、ガイドの判断で参加をお断りする場合もありますのでご了承ください。
    行動中に体調が悪くなった場合は、速やかにガイドまでお知らせください。
    体調不良での参加は、他のみなさまにご迷惑となりますのでご遠慮ください。
    団体行動です。途中で、無断で別行動をするなどの個人行動は慎んでください。
    健康と山火事防止のため、行動中は禁煙をお願いいたします。 
  • お申込み先、期限:
    お申し込みは、久敬会事務局:
    FAX(072-648-7124)またはメール(kyuukei@skyblue.ocn.ne.jp)
    にてお願いいたします。
    FAXの場合は「ハイキング申込書」をダウンロードして、ご利用ください。
    お電話でのお申込みには、実施要項と申込書を郵送いたしますので、申込書に必要事項をご記入のうえ、事務局へ返送してください。
    ハイキング保険の手配と、当日の緊急対応のため、下記6項目をもれなくご連絡ください。
    (1)「ご氏名」、(2)「卒回(高○回など)」、(3)「ご住所」、(4)「生年月日」、(5)「当日連絡がつく電話番号」(6)「緊急連絡先(氏名・続柄・電話番号)」
    お申込み期限は、10月31日(木)です。
    いただいた個人情報は、本イベントに関する保険、緊急時の連絡用にのみ使用します。
    イベント終了後はすみやかに消去し、他の目的には一切使用いたしません。 
  • ハイキングの内容についてのお問合せ:
    実施か中止かが分かりにくい場合や、歩行コース、装備など、ハイキングの内容に関しては、登山ガイド・岡田敏昭(遊山トレッキングサービス)までお問合せ下さい。
    電話(090-6972-7333)、メール(dash@axel.ocn.ne.jp)

ハイキング実施要項
ハイキング申込書
元祖イケメンスイマー「かっちゃん」高石勝男の素顔 
秘蔵写真でたどる波乱万丈の人生

毎日新聞デジタル版(2019年8月14日)から転載させてもらいました。 https://mainichi.jp/sportsspecial/articles/20190813/k00/00m/040/012000c
https://mainichi.jp/graphs/20190810/hpj/00m/050/006000g/1
 
 現在放送中のNHKの大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」で斎藤工が演じる「かっちゃん」こと高石勝男(中25回)さんの写真と記事です。
 
高石勝男(旧制茨木中学25回卒)
 1906(明治39)年、大阪市生まれ。淀川と神崎川にはさまれた中州に生家があり、小さいころ親に怒られると川に泳いで逃げたという。
 日本の学校で初めてプールを完成させた旧制茨木中(大阪府茨木市)に進学し、1920(大正9)年には試合でクロールを取り入れた。
 パリ五輪(1924年)では100メートルと1500メートルの自由形2種目で5位入賞。早稲田大入学後のアムステルダム五輪(1928年)では100メートル自由形で銅メダル、800メートルリレーで銀メダルを獲得した。
 終戦後、スポーツ振興のためスポーツ専門紙を構想。スポーツニッポン新聞社の創設にも関わった。1961(昭和36)年1月に日本水泳連盟会長に就任。
 東京五輪では水泳選手団の総監督を務めた。1966(昭和41)年4月、59歳で死去した。




写真①1926(大正15)年の豪州遠征に参加した高石勝男(奥山聡子さん提供)
 
 
 NHKの大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」で斎藤工が演じる「かっちゃん」こと高石勝男。若い女性の熱い視線を集め、街を歩けば誰もが振り返る人気者だったという。ファッションリーダーでもあったイケメンスイマーだが、その素顔とは――。高石の家族や関係者から提供された300枚超の秘蔵写真を繰りながら、波乱万丈の水泳人生をたどった。【砂間裕之】
 
 
暗い時代のモテ男
 かっちゃんが選手として活躍したのは、大正から昭和初期にかけて。関東大震災や世界恐慌、満州事変など災害や戦争が相次ぎ、暗雲たれこめる時代だった。そんな時代に希望の明かりとなったのが、かっちゃんである。
 パリ、アムステルダム、ロサンゼルスの三つの五輪に連続出場し、アムステルダムではメダル二つを獲得。一躍スターの座に上り詰めた。アムステルダム五輪代表の米山弘は、後にこんなエピソードをつづった。
 
 
写真②東京五輪を控え、日本水泳連盟の会長に就任した高石勝男=1961年2月、坂口喜三撮影
 
 
 「ハワイ遠征から帰った高石さんたちはオカッパ頭にグレーのコールテン製ラッパズボンというニュースタイルで、これが当時の学生界に大いに流行し猫も杓子(しゃくし)もそのスタイルを真似(まね)したものです」(高石勝男氏追悼集「高石さんを憶う」より)
 当然女性たちにもモテモテだった。証言するのは、「前畑ガンバレ、前畑ガンバレ」の実況放送で知られるベルリン五輪(1936年)女子200メートル平泳ぎの金メダリスト、前畑秀子である。追悼集で「勝男先生の中学校、大学時代は私共女性の憧れの的であった。茨木中学校時代は丸坊ズ頭の美少年。早稲田大学に進学され、飛魚の勝ちゃんとして誰知らぬ人はなかった」とベタぼめした。
 
 イケメンかっちゃんは、遊びの達人でもあった。休みの日や練習の合間をぬって、銀座に繰り出し、銀ブラを楽しむ。酒を飲まないのに友だちに付き合ってダンスや歌に興じた。撞球(どうきゅう、ビリヤードのこと)もたしなみ、どんな遊びでもスマートにこなす「モボ」(モダンボーイ)だったようだ。「いだてん」では、マージャンを打つシーンがあったが、かっちゃんはハワイ仕込み。パイはすべて英語で呼び、教え込まれた後輩は覚えられず悲鳴をあげた。
 
 
豪傑とターザン
写真③1928(昭和3)年に来日した際、撮影されたとみられるスウェーデンのアルネ・ボルグ(奥山聡子さん提供)
 
 
 ところがさすがのモテ男も、スウェーデンの「豪傑」の奔放さにはかなわなかった。かっちゃんのライバルの一人、アルネ・ボルグである。この男、メガネをかけたインテリ風のやさ男だが、葉巻をくわえてプールに現れ、ウオッカをひっかけてから泳ぐつわものだったらしい。
 
 アムステルダム五輪直後の1928(昭和3)年秋、日本での水泳大会に招待されたが、婚約者同行でないと行かないと駄々をこね、結局2人で来日した。東京のスウェーデン公使館で結婚式を挙げることになり、日本選手代表で出席したかっちゃんは、花嫁にお祝いのキスをする役目を仰せつかり、後日「こんな困ったことはない」とこぼしていたという。ちなみにボルグの妻は、大西洋単独無着陸飛行に成功したリンドバーグ大佐のめい。豪傑ゆえのお相手だ。
 
 
写真④アムステルダム五輪後、早稲田大の高石記念プールを訪れたワイズミューラー(左)と高石勝男のツーショット(1928年、高石勝さん提供)
 
 
 忘れられないもう一人のライバルが、後に映画「ターザン」の主役となる米国のジョニー・ワイズミューラーだ。パリ、アムステルダムの2大会で計5個の金メダルを獲得し、いつもかっちゃんの前に立ちはだかった。野性味あふれる豪快な泳ぎは、密林の王者ターザンのイメージにピッタリで、無頼派の作家、坂口安吾も度肝を抜かれた。ボルグとともに来日した際、1万人の観客が見つめる招待試合の合間。1人でプールに潜ったワイズミューラーがプール中央で浮かび上がり、突然水を噴き上げた。安吾は後にその光景を随筆で発表。「ガガア!という河馬のマネ(ではないかと思うが)を再三やって見物衆をよろこばせた。当時からターザンに誰よりも適任の素質を示していた」(1950年10月、文芸春秋「安吾巷談」より)と回想した。
 
 
戦力外通告
 さて、25歳で迎えたロサンゼルス五輪では「ノンプレーイング・キャプテン」を命じられ、主将なのに競技に出られなかった。「いだてん」では、おしゃべりで破天荒な主人公、田畑政治(阿部サダヲ)に「戦力外通告」を受け、心揺れる場面も描かれた。
 当時、かっちゃんが記した帰国報告が残っている。「この度は陸戦隊の一員だっただけにゆっくり試合を見る機会を得ました」と前向きにレース分析にあたったことを強調。一方で「競技そのものについては私が書くより事実その種目を泳いだ選手が書いた方がより以上面白いだろうし、私はタッチしないことにきめたのです」と冷めた言葉で締めた。
 
 それでも仲間の信頼は絶大で、チームでは若い選手たちをうまくまとめたのだろう。アムステルダム、ロサンゼルスの平泳ぎで2大会連続の金メダルに輝いた鶴田義行は「いつも柔和で思いやりがあって、他の選手を引っ張って泳いでいました。みんなは、豊かな人間味にいつも『かっちゃん、かっちゃん』とついて行った」と振り返った。6種目中5種目を制し、100メートル背泳ぎでは表彰台を独占するなど日本が圧勝した最大の要因は、かっちゃんの希代のリーダーシップだったのかもしれない。
 
 
 
⑤「いだてん」で高石勝男を演じた斎藤工さん=和田大典撮影
 
 
地元五輪でまさかの惨敗
 かっちゃんの晩年は残念ながらツキがなかった。田畑と対立し、その確執を乗り越えて東京五輪3年前の1961(昭和36)年、日本水泳連盟会長に就く。ところが期待された地元五輪で、競泳陣は男子800メートルリレーの銅メダル一つに終わり、惨敗の責任を取って会長を退く。その1年半後の66年4月、59歳の若さで亡くなった。
 
 長男の勝さん(昨年1月死去)は「会長を引き受けたとき、実は胃潰瘍を患っており、おかゆしか食べられなかったんです。家族は心配していましたが、おやじは水泳のことで頭がいっぱいだったのでしょう。闘病中もずっと水泳の将来を考えていたと思います」と回想した。
 
 かっちゃんの考える王国復活の道筋はどんなものだったのか。五輪直後のインタビューでは「再建のために学童水泳に力を入れるべきだ」と力説。中学生以下の全国大会への出場制限など、当時のシステムは育成の連続性や裾野を広げる視点に欠けていたといい、抜本的な改善を求めた。
 
 かっちゃんは終戦後、地元の兵庫県芦屋市で「芦屋水練学校」を立ち上げ、「国民皆泳」を掲げて子供たちの水泳指導に当たった。その経験がベースになり、学童期の鍛錬から五輪選手を育てあげるシステムを構想したのだろう。今のスイミングスクールは、その延長線上にある。
 
 王国復活がかなわなかった地元五輪から56年。スイミングスクールで鍛えた頼もしい後輩たちが、「東京2020」でかっちゃんの夢に挑む。
 
◆今回紹介した高石勝男に関連する写真は、①高石の長男勝さんが保管していた写真②高石と親交のあった奥山紀捷(のりかつ)さんの長女聰子(としこ)さん(83)=兵庫県川西市=の写真③本社が撮影し保管している写真――で構成した。当時、プリントにサインをして知人に配ることが広く行われていたとみられ、同じ写真が複数存在していた。
 勝さんの写真は2冊のアルバムに張られていた。2019年8月に東京都内の自宅で取材し、写真の提供を受けた。勝さんは18年1月に亡くなった。また奥山さんからは14年1月にアルバム1冊などの提供を受けた。
2019年度 歯科医師ユーカリ友の会報告

 G20という迷惑な(?)日々の最終日であり、本格的な梅雨入りをようやく迎えた2019年6月30日(日)、恒例の総会、講演会、懇親会を行いました。場所は新阪急ホテルです。
 参加者は32名です。講演会は石野良純教授(九州大学農学部教授 高28回)を講師としてお招きしました。
 演題は『クリスパー(CRISPR)〜発見から画期的ゲノム編集技術の誕生まで〜』です。
 昨今マスコミ等で有名な石野教授の講演は難しかったですが、
皆さんが何とかついていけるように配慮して頂けました。感謝です。
 
 今回は、高28回生2名(吉岡先生と私)との写真も併載します。
 再開が本当に嬉しかったです。
 中学も同じの私にとっては本当に嬉しい。それに尽きました。
戸田大会優勝記念の写真
 
 ここに一葉の写真がある。戸田大会優勝記念(大正9年茨木中プール前にて)のキャプション(説明文)が付けられている。
 この写真は1995年11月7日発行の茨木高校『百年の歩み』36ページから採ったものである。残念ながら写真の7名の人物の名前は載っていない。
 そこで、この7名の人物の名前を特定して欲しいとの依頼があった。
依頼してきたのは(公益財団法人)日本水泳連盟が発行している「月刊水泳」の連載記事「水泳ニッポンのルーツを訪ねて」を執筆している今村昌明氏。
 
『百年の歩み」』 表紙

・日本で最初の学校プールとクロール泳法

 さて、大正9年といえば西暦で1920年、令和元年(2019)の今からおよそ100年前のことだ。この時に一体何があったのかを先に紹介しておきたい。
 旧制の大阪府立茨木中学校は大正5年(1916)に初代校長、加藤逢吉の発案により、体育教諭、杉本伝の指導の元、日本で最初の学校プールを生徒たちの勤労奉仕によって作り上げた。
 全校生徒の皆泳を目指してのプール建設であったが、杉本教諭は水泳研究班を作って泳法の研究を進め、遂に入谷唯一郎が日本で最初にクロールを完成させる。他の生徒たちも入谷の真似をしてクロールをマスター。
 又、背泳も従来のカエル足からバタ足に変え、平泳ぎも潜水泳法や二掻き毎に一回呼吸するなどの改良を重ね、関西で最強とされていた神戸高商(現、神戸大の前身)と試合をして勝つ程になった。
 
・全国競泳大会(戸田大会)で優勝、日本近代水泳の始まり

 そこで、当時において最高の権威ある水泳大会とされていた東京帝国大学主催の全国競泳大会に初めて参加した。大正9年8月9日、10日のことだ。
大会の場所は伊豆半島の戸田(へだ)湾。杉本伝教諭が率いたのは四年生の吉田啓吉が最年長、次に三年生の石田恒信、二年生の入谷唯一郎と高石勝男、一年生の松上龍太郎で総勢わずか五名。
 参加チームは千葉県の安房(あわ)中学校、一高(現、東京大)、浜名湾遊泳協会、慶応義塾、神戸高商、大阪高商(現、大阪市大)岩手水泳協会に茨中を加えた八チーム。チームの人数に制限はなく、年齢制限もない。
 茨中の五人は最少人数で、当然ながら一番若い。子供たちが大のオッサン連中に挑戦したようなもの。ところがビックリ!優勝してしまったのだ。
 8月13日の国民新聞は次のように報道した。「一高、浜名等の猛者連を一蹴して十七才十六才十五才という中学の二年生位を集めてきた大阪府茨木中学が優勝したのはとんだ番狂わせであった。一高の如きは何の子供がと頑張ってみたが、競泳であるから早い者には敵わない。無念の歯?みをしながら、十日夕、直ちに帰ってしまった。」とある。茨中の水泳王国の幕開けであり、日本近代水泳の始まりであった。
 
・オリンピック選手輩出

 この時のメンバーの石田恒信、高石勝男は1924年のパリオリンピックに出場、茨中が生んだ最初のオリンピック選手である。杉本伝教諭は日本がオリンピックで水泳に参加した時の最初の水泳監督である。高石勝男は百自由形、千五百自由形、八百リレーで入賞を果たした。
 次のアムステルダムオリンピックにも杉本伝教諭は飛込みコーチとして参加。
高石勝男は百自由形で銅メダル、八百リレーで銀メダルを獲得した。
茨中生の高階富士夫も飛込みで決勝に進出。同じ茨中生の入江稔夫(としお)も百背泳で四位に入賞した。
 さらに1932年のロサンゼルスオリンピックにも杉本伝教諭は日本初の女子水泳陣の監督、又、日本初の水球チームの監督として三大会連続の参加。高石勝男も主将として三大会連続参加。早稲田大学に進学していた入江稔夫は百背泳で銀メダルを獲得した。水球チームには茨中出身の阪上安太郎もいた。
 
・戸田大会の写真

 さて、肝心の写真である。
 杉本伝教諭は前列左から二番目に和服姿でデンと構えている。コーチを務めていた中田留吉は後列右端に水着を着て立っている。
この二人は直ぐに分かったが、褌姿の五人の少年を特定する同時期の写真が一枚しかない。それも優勝旗を持つ石田恒信と入谷唯一郎の二人だけだ。
 
・優勝旗を持つ同時期の写真(左が入谷、右は石田)

 実は『茨高九十周年記念誌』等には左が石田、右が入谷となっているのだが、今村昌明氏がこれは誤りで左が入谷、右が石田だと指摘してこられたのだ。
 一時は混迷したが、最終的には昭和42年の読売新聞の記事から、左が入谷、右が石田ということが判明した。 
この事実をもとに推定した結論は今村昌明氏と一致した。即ち 
  後列左から 高石勝男、入谷唯一郎、中田留吉、
  前列左から 石田恒信、杉本伝教諭、吉田啓吉、松上龍太郎、
である。
  
 尚、これを機会に茨木高校『創立九十周年記念誌』の20ページ、及び『創立百周年記念誌―天つ空見よ』の15ページに共通の「伊豆・戸田の全国水泳大会に優勝」のキャプション(説明文)を修正させて頂きます。
「優勝旗を持つ石田恒信(3年級)」となっていますが、優勝旗を持って左にいるのが入谷唯一郎で、右の小柄な人物が石田恒信です。
 発行後三十年以上も経過して恐縮ですが、お詫びして修正させて頂きます。 
 
『創立九十周年記念誌』表紙  『創立百周年記念誌-天つ空見よ』表紙
 令和元年5月26日(日)13時30分より、高19回3年2組クラス同窓会を開催しました。会場はJR大阪駅ホテルグランヴィア大阪19階「フルーブ」で、14名の参加者が集まりました。我々高校19期生は全員が70歳の古稀を迎えて、旧3年2組の同級生が平成31年4月末から令和元年5月の改元後では始めて大阪梅田で集いました。
(敬称略)前列左 末松具子、樋野孝子、小寺邦子、
高橋京子、井上 昇
後列左 小野公三、江口和良、山野松雄、
橋本幸夫、木曽邦明、久保田勉、山口 進、
大家 優、奥西秀樹

 今秋10月20日には同じホテルグランヴィアで学年同窓会も開催予定ですが、それに先立って2組の内輪同士で定年後の近況や、現在、未来の展望など自由、気儘に語り合いました。
 この2組クラス同窓会は毎年開催され、幹事役の小野公三君が精力的に管理、継続されるその実行力手腕には頭が下る思いです。2次会は階下16階「ミュンヘン」で、ビールやコーヒー片手に残り話を語りつくし、初夏の夕暮れ楽しい散会となりました。(井上 昇記)
 
左 山野松雄、末松具子、
江口和良、山口 進
左 江口和良、樋野孝子、
小野公三
左 久保田勉、橋本幸夫、
小寺邦子、高橋京子
 
左 木曽邦明、井上 昇、
奥西秀樹、大家 優
左 小寺邦子、山野松雄、
末松具子、高橋京子、
江口和良、井上 昇
 
◆【川端康成のふるさと茨木】が放送されます◆
 
 J:COMチャンネルで6/15(土)~6/30(日)の期間のほぼ毎日放送されます。
 シリーズ「時空の旅人~関西見聞録~」の23分番組です。放送時間は番組表で確かめてご覧下さい。2週間同じ内容です。
 川端康成は両親を亡くして3歳で祖父に引き取られてから18歳で茨木中学を卒業するまで、茨木で過ごしています。
「川端康成文学館」などを取材し、茨木高校にある「以文会友」碑も登場するようです。
 最後の写真は大阪天満宮表門の近くにある「川端康成生誕地之碑」です。
数日前に茨高の旧友と散策したときに撮影しました。
 
茨木高校にある「以文会友碑」 川端康成文学館
祖父の家があった茨木市宿久庄  「川端康成生誕之地」碑

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