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高38回3年10組同窓会ご報告
 
 毎年恒例のお盆のクラス会ですが、今年度は新型コロナウィルス第2波の真っただ中、大阪府からは5人以上の宴会自粛の要請もあり、やむなく2020年8月14日(金)オンラインにて開催することにしました。
 オンライン用のツールは各種ある中、zoomの有償版を参加メンバーから提供いただけたので、無償版なら40分の時間制限があるところ、時間を気にせずに使うことができました。ゴールデンウィークに一度オンライン飲み会を試行した際はLINEを使いましたが、人数が多くなると画面を一度に表示できなくなるので、今回のzoomは快適に使うことができました。
 オンラインのいいところは本来なら大阪に来られない遠方の方も参加できること、時間を気にせずにちょっとだけ顔を出すといったことが可能なことでしょうか。今回は部分参加も含めて延べ12名の参加となりました。欠点はどうしても会話が「1対多」の形になるので、居酒屋と違って小グループでの会話ができず、慣れるまでは話がどうしてもぎこちなくなってしまう面があることでしょうか。
 参加メンバーの所在地は大阪、兵庫、奈良、東京、神奈川、千葉、石川、愛知と多彩、場所を気にせず参加可能なので、本当に久々の面々もあったので中止にせずにオンライン開催として良かったと思います。恒例のクラス名簿最新版と皆さんの近況集は後ほどメールにて送付することとしましたが、当初2時間の予定を3時間まで延長してお開きとしました。
 先の見通せないコロナウィルスの動向ですが、来年は卒業35周年ということで、学年同窓会をぜひとも開催したいと思っており、それまでには何とか元に戻って欲しいと願うばかりです。(井内 記)
 
上段左から丹羽、井内、土田、宮本、中段 田中、嶋田、池田、片山、下段 小司、小泉、阿部、藤井
◆就活相談会準備会開催日程変更について◆
 
 先般発送しました今年度の久敬会報(第74号)の5ページに掲載しております「就活相談会準備会」(=相談員の方との事前打ち合わせ)の開催日程を下記の通り変更します。
  • 変更前:9月12日(土)
  • 変更後:9月26日(土)
開始時刻は14:30で変更ありません。
急な変更にて申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。
なお、相談員希望の方で準備会に参加される方は事前に事務局までメールまたはFAXにてご連絡をお願いいたします。
高18回1年8組同窓会報告
 
 2002年から始まり、8年後、6年後、そして今回からトリエンナーレ(3年間隔)になった高校18回生―1年8組の同窓会(なぜか1年時のクラス会)ですが、2019年10月26日(土)にJR茨木駅近くの茨木セントラルホテルで開かれました。
 今回で4回目になるのですが、嬉しいことに今回も初参加の方がおられ、「初参加で不安もあって緊張したけどホントに来て良かった」という感想。「参加したかったけど、都合がつかずに残念!」等のハガキのメッセージも紹介され、参加の14名からの近況報告に耳を傾け、あっと言う間に2時間半が過ぎました。
 2次会も同じ会場で少し気分を変えて、今だから話せることも色々…、話は尽きない感じでしたが、3年後(2022年)の再会を約して、遠くは千葉、神奈川、福岡などへと帰ることになりました。以前参加いただいた皆さんも、次の機会に再びの参加をお待ちしています。
 
 写真は会場前での集合です。 (前列左から)谷・浜田・加茂田・早川・中村(順)・永田/(後)鷲井・中村(美)・井岡・田畑・岡本・北・沢田・三上[全て卒業時の名前]
(三上弘志 記)
◆川端康成と岸惠子◆
 女優の岸惠子さんが日本経済新聞の「私の履歴」を5月1日から31日まで30回に渡って連載執筆されています。
 岸惠子は女優にデビューした高校3時、短編小説書いており、川端康成と面会していて、フランスでの結婚式では偶然出会った川端に仲人をしてもらっています。
 そのエピソードは「私の履歴書」の⑧⑯⑰に記載されています。

 
 記事の抜粋を以下に紹介します。
 
 岸恵子という日本を代表する映画女優を今の若い人たちはどの程度ご存じだろうか? 1932年生まれなので現在88歳。写真の通り驚くほど若々しい。
 彼女が21歳の時に佐田啓二と主演した「君の名は」三部作が大ヒット。
映画会社の松竹はこのおかげで本社ビルを建てることが出来た位であった。
岸恵子が演じた氏家真知子のスカーフの巻き方は「真知子巻き」と呼ばれ日本中の女性が真似たと言われる。
一躍、大スターとなった彼女の回りには人が群がり波ができ、ロケは度々中断しないと前に進めないようになった。
 
 その岸恵子が実は川端康成の小説を耽読していて、しかも彼女が高校三年生の時に川端康成と面会していたのだ。
岸恵子の従姉妹の夫に若槻繁という人がいた。この人は川端康成の愛弟子で雑誌「ひまわり」の編集局長をしていた。若槻は岸が書いた短編小説を読んで「恵子ちゃんは女優になるより作家になった方がいい」と言い出し、川端康成の定宿である東京・四谷の料亭旅館「福田屋」に連れて行った。
 
 その時の印象を岸恵子は次のように述べている。
「私は身分違いの雰囲気におののき、湖のように深い大作家の目に見つめられて手から桜茶を落とした。畳にこぼれた桜茶をワンピースで拭きながら、自分のつたない小説を座布団の下に滑り込ませて恥じ入っていた。そんな私を大作家はじっと見ていらした。(物書きはああいう目をしていなければダメなんだ)
料亭を出て歩く私の脚に桜茶でびしょびしょにぬれたスカートがまとわりついた。」
 
 当時の娯楽の王様だった映画は制作し封切ると、すべてが観客動員できた。
岸恵子は同時に二本も三本も撮影する日々が続いていた。
 その中で特筆すべきは1956年に制作された日本とフランスの合作映画「忘れえぬ慕情」である。
これを機会に監督のイヴ・シァンピと岸恵子が結婚することになったのだから。
 イヴ・シァンピは若い軍医でもあったが、第二次世界大戦当時、ヒトラー邸炎上からナチス占領下にあったシャンゼリゼ大通りをド・ゴール将軍が凱旋するまでを16ミリカメラで撮影し、そのドキュメンタリーが世界的ヒットとなっていた。
 ある撮影休みの日、イヴ・シャンピは長崎の高級料亭に岸恵子を誘った。
その席でのイヴ・シャンピのプロポーズの言葉がしゃれている。
「あなたには好奇心がある。日本も素晴らしいけど、地球上には色々な国があり、生き方がある。僕が招待するからヨーロッパやアフリカを一緒に見てみませんか」
複雑な顔の岸恵子にシャンピは笑って言った。
「卵を割らなければオムレツは作れない、という諺がある。色々な国を見て、それでもやっぱり日本がいいと思ったら帰ってくればいい」
「そんなことしていいの」と問う岸に、「あなたは自由なんだ。阻むものがいるとしたら、それはあなた自身だけだ」と答えるシャンピ。
そして岸恵子は恋に落ちた。
 
 川端康成原作の「雪国」が岸恵子の「それまでの私」への決別の映画と決めていた。女優としての私、祖国、両親、愛してきたすべてのものへの決別。
「雪国」出演が決まった時、イヴ・シャンピに電報を打った。
「1957年5月1日にパリのあなたの元に行きます」
 
 パリに到着した3日後に迫った結婚式には日本と同じように仲人が必要だった。文化大使として評判の高かった某氏に依頼したが「あなたは君の名はとやらでスターになったと聞きましたが、私にも立場がある。仲人はできません」と断られてしまう。
 傷心のままで面談室を出ると、なんと川端康成が目の前のソファーに座っているではないか。川端はそのままシャンピ家まで来てくれ「仲人?私がやりますよ」と快諾してくれた。
 川端康成はパリで開かれた国際ペンクラブ世界大会に出席するため、日本会長として公式訪問していたのだ。
 シャンピ家で昼食となった。
給仕長が銀皿から白アスパラガスを優雅に配る。岸恵子はナイフを使ってはいけないものが3つあると聞いていた。サラダ菜、スパゲッティ、アスパラガス。
それじゃどうやって食べるのと内心思っていると、川端康成は細い指で白アスパラガスをヒョイとつまみ、ベシャメルソースに浸してパクリと食べた。
素敵だと思っていると「今、アスパラが旬ですね。とても美味しい。」と言いながら、岸の目をじっと見る。
「四谷の宿で座布団に隠した小説を見せてください。」
「あれは・・・・捨てました」
「嘘でしょう」
嘘だった。小説の題名は「梯子段」。今も手元にある。
  (日本経済新聞「私の履歴書―岸恵子―」より抜粋)
幹事の皆様へ                  2020年 7月6日

幹事会は書面で開催することになりました。
「幹事会資料」および「回答書」を閲覧していただけます。
幹事会資料(PDF形式)→クリック
回答書(word形式)→クリック
  • 閲覧には郵送した書類に記載したパスワードが必要です。
  • 「幹事会資料」および「回答書」は郵送でお送りした内容と同じです。
    ただし、各委員の方には郵送に替えてメールでお送りしています。
  • なお、茨木高校は6月15日から通常授業が再開されています。
コロナウイルスに伴う久敬会館からのお知らせ         5月26日更新
 国の緊急事態宣言の解除を受けて検討した結果、
一般会員の久敬会館の利用を5月27日(水)から再開しています。
 「三密」に注意してのご利用をお願いします。
久敬会館事務局の業務は通常通り再開しています。
 ご不便をおかけしますがご了承のほどお願い申し上げます。
「幹事会の開催時期や開催方法」について現在検討中です。
 幹事さんには、決まり次第連絡しますのでもうしばらくで待ちください。
なお、茨木高校は6月1日から毎日の登校が再開されるようです。
◆就活メール相談◆ 受け付けています 
 受付方法、就活メール相談員のリスト等はこちら→クリック
 (2019年11月18日より受け付けています)
2019年度イベント第4回 ミニ講演会Ⅲのご報告
 
演題:「円空仏を描いて10余年 ~笑みの円空仏を観てみよう~」
 
  • 日時:2020年2月15日(土)14時~16時
  • 講師:熊田明彦氏(高12回)
  • 参加者:43名
 
 
江戸時代初期に12万体もの仏像(木造)を彫った円空。熊田さんは、その仏像の慈愛に満ちた微笑みに魅せられたとのことです。サラリーマン時代に多忙で体調を崩して4か月休職されたとき、仏教書を読みあさり仏像を観に行くようにもなられました。その中で、高山市千光寺で円空仏に出会ってその虜になり、それから10数年にわたって模写を続けておられます。



 円空は修行僧として北海道~近畿地方を行脚し、各地の寺院の住職や民衆たちと交流し、仏像を刻んで提供したそうです。現在、約5400体が確認されています。本格的な仏像だけでなく、多くの人々が身近に拝観できるように木の破片を削った「木っ端仏」も多く製作しましたが、当時の民衆に安らぎを与えと思われ、それらも今日まで大切に受け継がれてきています。
 


 参加者の皆さんは休憩時間に展示されているスケッチブックや写真を熱心にご覧になっていました。そして、熊田さんとその同期の方がお土産用に準備されたラミネート加工された円空像模写の写真を1点選び、微笑みと共に会場を後にされました。 
 
 
    
講演要旨  PDFでもご覧いただけます。→PDF
◆第三回 高碕達之助 記念講演会のご案内◆
 
高碕達之助(中4回)を語り継ぐ記念講演会をご案内します。
 
主催:高碕達之助に学ぶ会
    NPO法人高槻名誉市民を語り継ぐ会
演題:『満州引揚の国士~同胞日本人100万人を助けた高碕翁~』
講演:古海 建一 氏
日時:2020年2月24日(月・祝)14:00~
場所:高槻現代劇場305号
講演内容:
 今回は高碕達之助の多くの業績のうち、満州重工業開発総裁として1945年8月8日のソ連対日宣戦布告の事態に遭遇、終戦後も満州に残り日本人会会長として帰国できないでいる同胞100万人の帰還のため、ソ連、中国共産党や国民党政府と交渉を行い、多くの同胞を救ったことが中心とのことです。

2月2日の読売新聞朝刊にも大きく取り上げられています。
  • なお、一昨年11月に実施した久敬会イベント「高碕記念館見学」の報告は、このホームページの「久敬会行事報告」からご覧いただけます。
    https://www.kyuukeikai.jp/?p=450
  • また、「茨木高校120周年記念展示~資料でつづる茨木高校120年の歩み~」(2015年10月13日~24日実施)の著名な卒業生コーナーで高碕達之助(中4回)を紹介しました。このホームページの「周年記念行事」からご覧いただけます。
    https://www.kyuukeikai.jp/?p=245#more-245
久敬会イベント第4回 ミニ講演会Ⅲ のご案内
 
 講師は熊田 明彦 さん(高12回) 元名古屋鉄道勤務、元名豊ビル社長です。
 
【演題】は「円空仏を描いて10余年 ~笑みの円空仏を観てみよう~
  • 日時:2020年2月15日(土) 14:00~16:00。 会場:久敬会館
  • 申込は2月10日(月)までに、電話・FAX・メールで久敬会事務局へ。
    事務局取扱は平日の9:30~16:00です。
高35回 1年7組 クラス同窓会
 
 昭和55年4月、私たちは茨木高校の門をくぐりクラスメートになりました。あれから40年。令和2年1月4日(土)に高35回1年7組クラス同窓会を京都北山の中華料理『白龍』で開催しました。題して『出会いから40周年記念同窓会』です。二次会からの参加者を含めて延べ18名と傘寿を迎えられた恩師の仲西貞夫先生が旧交をあたためました。
 全員の近況報告を行った後、40年前の写真によるスライド上映で全員心は40年前の高校生にすっかり戻り、特に仲西先生との思い出を語る場面では、英語の先生なのに和訳する時に片仮名の外来語を使うとひどく怒られた思い出(例えばプリンは「洋風卵入り寒天」、ジーンズは「藍色綾織ズボン」と和訳しないといけなかった)で会場は笑い声に包まれました。
 最後に連絡が付いていたものの都合で欠席になった3名のメッセージを披露した後、出席者全員で『天つ空見よ』を合唱して一次会は盛会のままお開きとなりました。そして二次会の前に上賀茂神社へ初詣をし、参加者の笑顔は夜の烏丸へと消えて行きました。
 
 

 今回連絡の付かなかった方は、出席者でLINEグループも作っていますので是非連絡をしてください。5年後の還暦の時に再会しましょう。(幹事 水野昌容 記)
高25回“65歳の節目”学年同窓会のご報告

 2019年11月17日(日)、大阪新阪急ホテルにて5年振りとなる「25期“65歳の節目”学年同窓会」が開催されました。当日は、157名の同窓に加えて3年4組を担任された大石朝俊先生の参加もいただきました。
 
 
 オープニングビデオで雰囲気が盛り上がった後、発起人による開会の辞にて開宴。物故者(同窓及び恩師)への黙祷、全体写真撮影と続き、7組の“美女と野獣”による乾杯の音頭で懇談に入っていきました。途中の参加者紹介ではクラス代表による参加者メンバー紹介があり、その後2年次及び1年次への「席替え」が行われました。自分のクラスを忘れた移動難民も何人かいましたが、いろいろな級友との懇談ができ、とても有意義な時間が過ぎていきました。
 さらに「Who’s Whoビデオ」「25期同窓生の歩みビデオ」で懐かしい卒業アルバムや旧校舎、修学旅行、体育祭、高野山修行、妙見夜行登山、卒業後のクラス同窓会等の写真を見て、お互いの成長(?)を再確認しました。校歌斉唱で盛り上がったあと閉会の辞となり、その後は2次会へと雪崩をうって移動して行きました。
 次回も元気な姿での再会を楽しみにしています。         
(堀越謙二郎 記)

新着情報

久敬会事務局 TEL:072-624-1545
FAX:072-648-7124
E-mail:
住所変更等
開館時間:9時30分~16時(12時~12時30分を除く)
(土・日曜日及び祝日は原則休み、又、お盆休暇、年末年始休暇、それに高校入試日の3月中旬の1週間程度)