日 時 2012年10月8日(月) 午後2時~4時
場 所 久敬会館
講 師 井田 誠夫氏(茨高旧職員)
参加者 23名
講演内容
初めに予定されていた9月30日は、台風の影響で警報が出ていたため、1週間延期されました。それでも参加を申し込まれていた人は、ほぼ全員の方がお越しいただきました。
講師の井田先生は茨高の旧職員(理科担当)で山岳部の顧問をされていたということで、当時の山岳部のメンバーから花束の贈呈がありました。講演の内容を以下に略記します。
定年後6年間、パプア・ニューギニア、ホンジュラス、ラオスでボランティアとして大学や公立・私立学校、子ども博物館の理科教育に携わる中で、“発展途上国”における教育の困難さを実感した。
最初に行ったパプア・ニューギニアでは、いまだに太平洋戦争の傷跡があちこちに残っており、人々は戦争のことを今も忘れてはいなかった。治安もあまりよくはなく、私はボランティアとして何をしたらいいのか?という思いに駆られ、なんだか空回りをしていた2年間ではなかったか?という気持ちにもなった。日本の援助でできた図書館はあっても本はなく、また毎日モデル授業を指導し、衛星を使うTV放送を作成して放映しましたが、教師自身の学力不足や放送受信の問題等、有効な活用は難しいようだった。
次に行ったホンジュラスは、一部の富裕層と大部分の貧困層からなり小学校を終えるのは6割程度である。公立学校へ通う生徒は、家庭環境も悪く貧しい生活を強いられている。一方で私立学校は割合レベルが高い所が多かった。学校の先生はできることは何でも見つけてやっていこうという姿勢が感じられ、そういう意味ではやりがいのある環境であった。国民性は喜怒哀楽の表し方が素直で、「アスタマニアーナ」「また明日やろうよ」という世界で、人々は家族や友人、今日を生きることを大切にしている。
最後にラオスに滞在した。ラオスは内戦終結と共に、1975年社会主義国として独立した。しかしその後、教育にはあまり力を入れてこなかったようで、そのため先生自身も理解できていないことが多く、生徒にとってはより一層わからないことが多い。国立ラオス大学を卒業して教員になっても、教員だけでは生活できないという状況がある。また外国の援助による理科実験器具はあっても、使い方がわからず、新品の顕微鏡が13年間封を切らずに放置されていたり、そしてここでも教師の学力の低さには驚いた。
また内戦が続いたため、小中学校の教育を満足に受けられなかった人も多く、いかに基礎学習が大切かということを知らされた。日本からもJICAを通じて援助がなされている。これからも、特に医療や教育についての先進国からの援助が必要で、ラオスの国民全体の基礎学力を上げる必要が感じられた。
いろんな国でのボランティア活動を通じて、翻って考えるに、日本の教育は果たして先進国といえるのだろうか?今後の理科教育のありかたを考えるきっかけともなった。
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