高15回  卒業50周年記念同窓会

2013年12月10日(火)更新
 4月7日卒業50周年記念学年同窓会をリーガロイヤルホテル京都で開催した。文字通り半世紀ぶりに再会した人もいて、受付開始前から早くもあちこちで歓声があがる。参加者133人が姿形はともかくも一瞬にして18歳に戻り、同所で開いた二次会含め5時間を大いに堪能した。
 開会迄の1年半に幹事14人が集まること5度、担当別に2度。なるだけ多くへの周知と充実の会を願ってアイデアを絞り、前年夏に開催予告を出す・一次会は卒業時二次会は入学時のクラス毎に着席・高校時代の写真を集め映像として会場に流す、などを決めた。中心となったのが元ホテルマンの長屋隆さんで、さすが配慮がきめ細かいと、出席者から賛嘆の声が引きも切らなかった。東京から皆勤し緻密なプランやデータ収集で脇を固めた安岡伸之さんなど、幹事一丸の努力が実を結んだと言える。
 恩師でご出席頂けたのは残念ながら青木昭二先生お一人だったが、会場を見渡して「アレ、先生はどちらに?」、誰が生徒か先生か…!(笑)。85歳には到底見えない先生のお若さ、生涯現役の生き方に皆が感動した。
 が、皆も負けてはいない。それぞれに今を青春している様が見えるようで、出席者紹介は聴き応えがあった。一次会終了前には校歌「天つ空見よ」、卒業した昭和38発売の「高校3年生」を大合唱して盛り上がった。
 一方、既に故人や、自分や家族の病気で欠席した人も少なくない。こうした仲間に思いを馳せ、参加できたことに感謝、健康に留意してまたの目見えを誓い合った。


(猪股 満智子 記)
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高14回  古稀記念同窓会

2013年12月06日(金)更新
 高校第14回生(昭和37年3月卒業)古稀記念同窓会を平成25年5月12日(日)に、4年振りにパナソニックリゾート大阪で開催した。
 参加者は、68名(男37名、女31名)であった。卒業生394名のうち物故者数は38名で前回より8名の方が鬼籍に入られました。近畿圏以外からは、北は茨城県守谷市から南は宮崎県日南市まで10名が参加してくれた。恩師は、大矢稔先生は体調不良、植栗左千子先生は海外旅行中、田中稔先生は出席を見合すとのご返事で、残念ながらご出席されなかった。
 吉田洋次君の司会で、まず東日本大震災犠牲者と新たに物故者となられた同窓生に黙祷をささげ、芝野孝一君の開会の挨拶、吉田光彦君の乾杯の発声の後、懇親パーティーに入った。
 当初クラスごとの席で『出欠の近況報告』をもとにお互い話し合っていたが、アルコールがすすむにつれ他のテーブルへ移動(特に6・7組の女子クラス)し和やかに歓談した。「歳をとると友づくりが困難になるとともにこれまでの友人がだんだん少なくなってくる。お誘いの会があれば必ず出席する」という日南市からの同窓の言葉が印象深かった。クラスごとの写真と全体写真を星野登茂一君他に撮影してもらった。在学中は恥ずかしくて口もきけなかった憧れの彼女(彼氏)と照れくさそうに写真に納まる人たちもあり、楽しいひと時を過ごした。
 次回のクラス幹事を決め、喜寿(77歳)を目指して再会を約束した。今回来られなかった同窓生は、次回の会合には是非とも出席されることを希望します。




(吉田光彦 記)
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高9回  懇親ゴルフコンペ

2013年12月06日(金)更新
 〝継続は力なり〟昭和45年(1970年)から延々春秋恒例となっている9回生ゴルフコンペが、平成25年5月14日快晴無風、絶好のコンディションのもとよみうりゴルフウエストコースで開催した。
 今回も遠来の横浜から小西督士、紅2点の安井理子、小田弘子など16名が参加、白球に興じた。
 集合時間の40分前に到着した早起き鳥もいて『ゴルフの日は早く目覚めるんだ』との言。古稀を超えているとはいえまだまだ気力・体力(?)共の充実は、60年前在校時の青年のまま。
 新緑のゴルフコースは、白球とのコントラストが目にも鮮やかで『かっ飛ばすボールも良く見えるね・・』とスコアには拘わることなく、色鮮やかなつつじは目に、鶯の囀りを耳に、楽しくラウンドできた春の一日だった。
 優勝は、何とハンディキャップ0の奥村博昭が9年ぶりに栄冠。
 新参加希望の方は、安田稔(072-696-5193)まで。
写真は前列左から、清水寅三、池澤晴三、中村毅、小田弘子、安井理子、安田稔。後列左から、岸野
光雄、奥村達雄、奥村博昭、小西督士、重田昌三、松田和久、大内實、数元啓晋、吉田満、細川捷。




(安田 稔 記)
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高8回  同窓会

2013年12月06日(金)更新
 霜降を4日過ぎた秋日和の10月27日、梅田キタ街の弥 生会館に91名が集う。
 恩師で出席いただいた青木先生、お元気で相変わらずバドミントンの虫。あいさつの中で、当日も府立体育館でバドミントンの試合を観戦されたとか。また、バド情報を中心にご自身もHPを開設されているとか。この学年にも、米倉など、先生のバドの薫陶を受けた者も多く、吉野幹事長も1年のとき、府の新人戦で優勝したとか嘘のような回顧談。
 卒業後56年も経つとみんな性格もまるくなり、和気あいあいのうちに青春にプレイバックしながら午後が過ぎた。好好爺(姥)の話声も、子どもや孫たちの話題で持ちきり。
一方で
自分たちのこれからに一抹の不安を抱える話題も囁かれた。みんな「桜花巡礼」から「残花巡礼」の齢になったが、サクラは散ったあとも「花模様、花筏、花吹雪」などの美しい刻を迎える。我々もこの時代に相当すると老いが意気盛んであった。
 381名卒業したが、鬼籍に入った者49名、居場所不明の者約70名、案内状を発送した者260名、そのうち91名出席、出席率35%。欠席理由で一番多かったのは、本人の体調不良(脳梗塞、脳溢血、ガン治療中、肢体不自由)など。他に当日、地域のボランティア活動に参加、旅行中など。後者は、1年半後の同期会に参加が見込めると幹事一同胸をなでおろした。
(藤原俊一 記)
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中46回  東京うだつ会

2013年12月06日(金)更新
 
 第20回「東京うだつ会」(第46回[昭和20年]卒、首都圏在住者同窓会)を、昨年と同じ霞ヶ関ビル35階、東海大学校友会の一室で行った。
 19名中10名が入院、急病、家庭療養中、遠距離などで欠席の回答だったが、大阪から鈴木君が駆けつけてくれ、昨年と同数の10人が元気な姿で参集した。
 例により、西田君の開会の挨拶、続いて長谷川君の時事講演、乾杯に始まり、12時~ 14時の予定を超過して和気藹々の間に、来年の再会を期してお開きとなった。

 写真は左から上田、佐藤、西田、清水、下田、鈴木、長谷川、山上、内山、彦坂(敬称略)
 
(山上 記)
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中46回  うだつ会 同窓会

2013年12月06日(金)更新
平成24年11月23日恒例の同窓会を行った。うだつ会は鈴木君ご夫妻に長いあいだお世話になったが奥様が亡くなられたので久富君と仁木君にお願いした。鈴木君有難う。また元気が出ればお願いします。場所も茨木の駅近くに仁木君のお世話で良い場所があったので今後はここで行なうことにした。

集まったのは17名。東京を含め
ると30名近くとなりこの歳になって集まったものだとお互いに感心している。同窓会に出席している常連はほとんど亡くならない。
席上で長生きのコツは何かと質問が
あったが出席者はここまで生きたのだからそれぞれうまく生きているのだ。長生きについては種々言われているがいいと思うことは実行し続けることだ。共通することもあると思うが引っ込みがちにならず明るくわいわい話すことやしゃべること。それも何も考えず気楽にしゃべれる中学の同窓会が最も良いと思う。

体が悪く長く欠席
の続いている平田君がおそらく自宅になったであろう柿を届けてくれた。外観はよくないが久しぶりで昔の柿の味を思い出しつつ頂いた。実に美味しかったがこれこそ昔の若かりし同窓に対する良き贈りものであった。
この
会はまだまだ続くと思います。有難う。
皆さんそれぞれ
の健康法によって体を大切にしこれからも皆勤してください。
(吉川 記)
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中44回  四四会 2012年例会

2013年12月06日(金)更新
 毎年、10月20日、恒例の阪急32番街グランド白楽天で茨中44回生会が平成24年度として賑々しく(?)開催された。久敬会学年別同窓会の最年長組か(?)。といっても過去実績最少11名の出席であったが、千葉や横浜からの関東組の顔を見たのは心強い限りであった。
 辻幹事のあいさつに続き、去る1年間の物故者(甲田正=吹田の町役)の黙祷の後、母校開校110周年記念写真集の購入方の依頼の上宴に移る。

 今年は昭和18年卒業時より70周年にあたり、加えて誕生が大正14 ~ 15年で米寿の福寿にあたるという有意義な年である。3時間に渉る各自の人生談は、在学時の思い出、健康状況、あるいは世情談義など際限がないが、誰かがもっと面白い艶っぽい話がないかと活を入れても軌道修正はなかった。歳のせいか。
 高層階の会場よりの眺めは西に武庫、六甲、右へ能勢の山並み、そして竜王山、天王山と、三島野を眼下にしてかつての壮々が駈け巡った足跡を偲び次回を約し校歌「天つ空見よ」を合唱して散会となった。

 写真は前列左から井上稔、伊東忠夫、奥井清、豊島芳治、後列左から辻二郎、門川仁朗、西田善一、林慶夫、今井広政、中村満郎、川端義則。
(西田 記)
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高19回 新大阪ワシントンホテルプラザに151名が集結!

2013年11月28日(木)更新
~ 高19回学年同窓会が10月14日に開催される ~


平成25年10月14日(月:祝)11時30分より、高19回の第5回学年同窓会が新大阪ワシントンホテルプラザで開催されました。前回の還暦同窓会から5年振りの再会で、私たちも65歳に達しました。参加者は同級生が147名、恩師の先生としては4名(水谷勝先生、牧村俊男先生、鵜飼壮一郎先生、酒井義人先生)の方々をお迎えし、合計151名の多くのメンバーが出席となり、盛大に行われました。

最初に亡くなられた担任の宮下順三先生、福留照尚先生、安田喜一先生、石川ヒサエ先生に、同期生で亡くなった26名の方々に対して、全員で黙とうを捧げ、ご冥福を祈りました。

その後、恩師の先生方のお言葉を頂いた開宴後は、20余りのテーブルに分かれて、お互いに喧騒の極みのように爆笑や積もる話の渦に花が咲きました。3年生、2年生1年生のクラスに時間を区切って席替えをしたのも3倍以上の懐かしい再会でした。集合写真 閲覧用PDF 3.6MB

とりわけ、2年生、1年生の席替えでは、高校卒業後、初めて再会できた方が数名もおられ、クラス集合写真も良い記念となりました。ご自分の2年生、1年生クラスの記憶がない方にとって、今回代表幹事の岡本巧君が作成してくれた1年、2年、3年時の同期生全員の名簿をコピーして配布してくれ、移動も楽でした。

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高4回生 同窓会が10月25日(金)に久敬会館で開催致しました!!

2013年11月15日(金)更新
高4回生同窓会が10月25日(金)に久敬会館で開催致しました!!



同窓生の大半が80歳の大台に乗ってしまった今年の“高4回生同窓会”は台風27号の余波を受けて、雨降る中、遠くは関東、そして北陸の能登からの参加者を入れて59名のメンバーが集まり、正午より久し振りに懐かしい久敬会館で始まりました。平成25年10月25日(金)のできごとです。

2階の会議室は有志の世話役による手作りの雰囲気ある会場となり、そこでわいわいと時間を忘れる程に昔話等で大いに盛り上がりました。

その盛り上がりが続き、いつのまにか、閉会となる午後4時になるのに気が付かず、時間が余りにも早く過ぎてしまった4時間でした。

慌てて、中締めをして、名残りを惜しみつつ再会を期して散会となりました。
前回の同窓会から1年半振りの楽しい一時(ひととき)となりました。
(高4回 水野 輝夫 記)
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高28回 学年同窓会

2013年10月09日(水)更新

平成25年8月24日、ホテルグランヴィア大阪20階「名庭」にて、第三回学年同窓会を開催しました。10年前の第一回は250名、5年前の第二回は185名、今回も179名の参加を得て、盛大な集いになりました。

石橋初代委員長の司会により開会。亡き恩師・友人へ黙とうを捧げたあと、柴崎委員長が挨拶。久敬会から中村事務局長、恩師は坂口義三郎・亀谷笄子・穐山靖彦・福嶋明子・足立和久の各先生が出席され、坂口先生からは「衰退しそうな日本を貴方たちが元気にしてください」と祝辞、乾杯の音頭をとっていただきました。

3年次のクラスで食事・歓談のあと、全体集合写真撮影、その後2年次・1年次と席替えして歓談。その間、あちこちでクラス・出身中学・クラブなどで記念写真を撮る場面が見られ、みんな高校生に戻って楽しい談笑の輪が広がりました。

中村事務局長、今春から茨高に赴任された中野さんから久敬会・在校生への協力依頼があり、その後平成16年から毎年11月に行っている修学旅行(今年は伊勢志摩)のPR。全員で校歌斉唱のあと、石橋・伊藤・柴崎各委員長からのバトンを宮部次期委員長が引き継ぎ、“バンザイ三唱”で閉会。5年後の還暦記念同窓会の開催も決まり、“未来志向”の明るく希望に満ちた同窓会となりました。その後1階下のパブにて2次会、こちらも131名が参加して大盛況、あっという間の6時間でした。

10年前の第一回学年同窓会から再び始まった「茨高28回」というご縁を大切にして
これからも大小さまざまな交流を通じて、よりいっそう絆を深めて行きたいと思います。
(槌田明代 記)
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高31回 学年 同窓会 実施報告

2013年08月09日(金)更新

 

 2013年1月3日(木)に久敬会館で、高31回の同窓会を開催致しました。

 朝10時から夜8時まで、いつ来ても帰ってもいいフリータイム制。

 世話人からの連絡は10年前のメールアドレスと掲示板。出欠の回答は不要で、同級生に転送して下さいと依頼しました。

 開始直後は数名程度が寄り添うような状態でしたが、12時過ぎには40名、夕方5時には写真のように最高潮に達しました。卒業生は117名で担任は奥田、甲部、永井、仲西、福嶋、森田の各先生にお越し頂きました。

 変貌著しい参加者もあり、全員に当時の名前と1~3年のクラスを名札に書いて貰いました。 

 誰かが持ってきたアルバムに昔話が弾んだり、先生を車座に囲んで消息を報告しあったり、校内を散策して記憶を辿ったり、3年だけでなく2年や1年のクラスで記念撮影したりしていると、瞬く間に時が過ぎ、次は4年ほど後か、いやいや還暦かとお互い勝手な再会を期して散会しました。

 幹事を決めずに準備を始めましたが、連絡係や受付に手を挙げる人、葉書まで出す人、当日早くから手伝う人、両手一杯の差し入れをする人、ふらりと現れる人、自転車で颯爽と買い出しに行く人、炊事場と会場を行き来する人、最後まで残って片付けする人、そんな人たちの、あの頃より少し音程が低くなったわーんという喧噪。いい同窓会でした。

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(世話人 高木 郁二)
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2013年「歯科医師ユーカリ友の会」の総会・懇親会が開催されました。

2013年06月24日(月)更新

本年の「歯科医師ユーカリ友の会」総会・懇親会は、6月16日(日)14時30分から、昨年と同じとなるホテル阪急インターナショナルで開催されました。参加者は学会と重なったこともあり、例年に比べ少なく、18名であり、来賓者を入れて25名のメンバーでした(今年は高槻担当の年です)。
 
総会終了後、恒例の講演会では、石垣尚一先生(大阪大学歯学部付属病院口腔補綴科)が『MD(顎関節症)をもういちど考えてみるために』をテーマに納得のいく説明を展開されました。一般の皆さまには判りにくいと思いますが、この分野では『科学的に充分な知見を集めている期間』に『偏った考えの流派の主張』が一時的に脚光を浴び、やがては支持を失うのでありますが、それでも完全に否定できるようになるまでに30年を要しました。我々、ユーカリ友の会会員は講演に魅了され、予定を30分近くオーバーしてしまいました。来賓の皆さまには誠に申し訳ありませんでした。
 
次いで、懇親会です。まず、川井会長の挨拶があり、続いて来賓の方々の種々の話を伺った後、高4回吉川先生(元歯科医師ユーカリ友の会会長)の乾杯で楽しい宴が始まりました。新しい校長先生が『純正(高30回)』であることが懇親会を特に盛り上げてくれました。全国の有名校出身者に聞いても当会(歯科医師ユーカリ友の会)ほど、ここまで大きな組織はないようなので、岡﨑校長の誕生には本当に心強いものがあります。
 
『校歌』と『万歳三唱』の時には、もうすっかりほろ酔いのいい気分になっていました。
 
来年は茨木地区が担当

〔 高28回 伊吹悦有 記 〕
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