新聞部  OB会  報告

2014年06月17日(火)更新
 “ OB会再生対策を議論する ”
 
平成26年1月26日(日)12時より、茨木市内にある「割烹 片桐」に おいて、“新聞部OB会”が開催された。

OB会は、最初に幹事の生澤栄子さん(高17回)の開会のことばがあり、引き続いて乾杯、そして参加者の自己紹介の後、久敬会副会長である生澤さんより、久敬会費納入と母校創立120周年記念事業募金への協力要請があった。

この後、幹事の岡田康夫さん(高25回)から、『生澤さんの報告は新聞部OB会は、存亡の岐路に立っていることを示しており、存続を図るため、本会を「OB会再生検討会」に切り替えては』との提案があり、この提案 に全員が賛成し、検討会を開始した。
そして、新聞づくりで苦労し合った者同志の打ち解けた協議の結果、今後、次のことを順次実施していくことを決定した。
1. 早急に転居先不明OBの追跡調査を行い、「再生OB会名簿」を作成する。
2. 新名簿の作成完了後、参加してもらいやすい時期、場所を選び、再生OB会を開催する。(口頭による参加呼びかけの強化)
3. 以降、1~2年毎に定期的にOB会を開催する。
(定期行事化し、交流の深化を図る)
上記の通り、今回のOB会は「OB会再生対策」という大きな問題の検討の 場に変更したため、終了予定時間をかなり超過し、午後4時半過ぎに別れを 惜しみながら、再会を約し、散会となった。
(高4回  三谷 英雄 記)

【追記】幹事の生澤さんより、次の点を追加されました。
新聞部OBで若い世代の参加をお待ちしております。
関心のある方は 生澤迄(090-4648-0211)ご連絡下さい。
今回、カメラの持参者がなかったので写真の掲載はありません。
以上
psfuku

“茨中:水泳部”の連載記事が1月29日(水)で完結!

2014年02月03日(月)更新
 
“茨中:水泳部”の連載記事が1月29日(水)で完結!
~ 1月20日(月)から毎日新聞夕刊にて8回にわたって掲載 ~
 
既にこのホームページで紹介しておりました“茨木中学:水泳部”の連載記事が1月20日より毎日新聞夕刊のトップページで始まり、1月29日(水)で終了しました。
 
「ターザンの影」のタイトルで見出しに第1回は“旧茨木中プールサイドに残る謎”と“五輪王者が来た”の2つがあり、興味を持たせる表現でした。
第2回目(21日)の見出しは“無邪気なヒーローに沸いた”。
第3回目(22日)は“クロール完成 好敵手現る”が見出し。
第4回目(24日)には“身長差20センチ カツ丼の執念”の文字が。
第5回目(25日)では“川端が 大宅が 土にまみれた”の表現に。
第6回目(27日)は“先見の師 世界へ道開く”の見出しに。
第7回目(28日)には“初の世界記録ともう1枚の写真”の文字が。
第8回目(29日)では“謎が解け 伝説が残った”の表現で完結となる。
 
毎回、わくわくさせられ、次がどのようになるかを期待させた内容でした。結果として、“謎が解け 伝説が残った”となりましたが、茨木中学、高校卒業生となる久敬会員には楽しく、興味深かった10日間でした。
 
そして、久敬会員より、全8回を読まれた感想が久敬会のメールに届けられました。非常に分かり易く纏められた内容ですので、そのまま、以下転載致します。ご一読頂き、我ら“ 茨木中学 水泳部の凄さ ”を再認識ければと存じます。
 
(注)
今回の連載は関西版だけの掲載となった為、関東を始め、関西以外の方々には新聞紙面ではお読み頂けませんでした。しかしながら、毎日新聞のホームページに会員登録(無料・パスワード要)し、“ターザン”で検索しますと、全8回分を読むことができます。一度チャレンジ下さい。尚、久敬会には全8回分の記事を保管しておりますので久敬会館にお越し頂ければ、閲覧できるようにしております。




(2014年2月3日 記)
psfuku

改めて知った茨中プールの栄光の歴史

2014年02月03日(月)更新
改めて知った茨中プールの栄光の歴史
~毎日新聞夕刊連載「ターザンの影」を読んで~
(全8回を読んでの感想です)

 
1月20日(月)から「毎日新聞」夕刊に連載されていた、「ターザンの影」(サブタイトル「茨木水泳団秘史」)が1月29日(水)で完結しました。
最終回を読み終えて、深い感慨に浸るとともに、もっともっとこの物語が続いてほしかった、という我儘な感想を抱いています。
私はこの連載を読むため、毎日駅の売店に出向き、新聞を購入しました。夕刊はコンビニでは販売していないからです。そして、新聞を手にすると、毎回わくわくしながら、読みふけり、そして、次回はどう展開するのだろう、と翌日の販売が待ち遠しくて仕方がありませんでした。さすが敏腕記者の筆です。読者の興味をぐいぐいと引きつけます。
 
物語は茨高の『創立90周年記念誌』に掲載された、1枚の写真の謎を追う、というところから始まりました。その写真には水泳の元オリンピックチャンピオンで、引退後はターザン役としてハリウッドのスターになったワイズミュラーと、高石勝男(中25)氏が写っています。高石氏は茨中でクロールを完成し、ワイズミュラーのライバルとなった水泳選手です。
90周年記念誌の座談会では、昭和15年にワイズミュラーが茨中に来校した時に写した、という回想談がありますが、記者はそれに疑問を抱きます。昭和15年は太平洋戦争開戦の前の年だから、米国選手の来日はあり得ない話だろう。とすれば、この写真は、いつ、どこで撮影されたものなのか? と。
その探索の物語の中で、高石氏はもちろん、茨中でクロールを初めて習得した入谷唯一郎(中25)氏や、茨中在学時代に日本人で初めて世界記録を樹立した入江稔夫(中30)氏も登場します。そして、日本初の学校プールを建設するのに尽力した杉本傳先生の功績、さらには、プールを掘った川端康成と大宅壮一のことも描かれます。
そうした記述を重ねた最終回で、写真の謎が解き明かされるのです。それについては、ここでは触れません。読んでのお楽しみです。
 
体育の授業で、あの緑色に濁った50メートルのプールで泳ぎ、10メートルの飛び込み台からこわごわ飛び込んだ卒業生の私としては、ワイズミュラーと「意外なつながりと友情」を結んだ高石勝男氏や、「卓越した発想と実行力」を持っていた杉本傳先生のことをもっと詳しく掘り下げてほしかった、というのが読後の率直な感想ですが、改めて茨中プールで活躍された先輩の方々に深い敬意を捧げたいと思います。

psfuku