2013年1月3日(木)に久敬会館で、高31回の同窓会を開催致しました。
朝10時から夜8時まで、いつ来ても帰ってもいいフリータイム制。
世話人からの連絡は10年前のメールアドレスと掲示板。出欠の回答は不要で、同級生に転送して下さいと依頼しました。
開始直後は数名程度が寄り添うような状態でしたが、12時過ぎには40名、夕方5時には写真のように最高潮に達しました。卒業生は117名で担任は奥田、甲部、永井、仲西、福嶋、森田の各先生にお越し頂きました。
変貌著しい参加者もあり、全員に当時の名前と1~3年のクラスを名札に書いて貰いました。
誰かが持ってきたアルバムに昔話が弾んだり、先生を車座に囲んで消息を報告しあったり、校内を散策して記憶を辿ったり、3年だけでなく2年や1年のクラスで記念撮影したりしていると、瞬く間に時が過ぎ、次は4年ほど後か、いやいや還暦かとお互い勝手な再会を期して散会しました。
幹事を決めずに準備を始めましたが、連絡係や受付に手を挙げる人、葉書まで出す人、当日早くから手伝う人、両手一杯の差し入れをする人、ふらりと現れる人、自転車で颯爽と買い出しに行く人、炊事場と会場を行き来する人、最後まで残って片付けする人、そんな人たちの、あの頃より少し音程が低くなったわーんという喧噪。いい同窓会でした。
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(世話人 高木 郁二)
2013年06月24日(月)更新
本年の「歯科医師ユーカリ友の会」総会・懇親会は、6月16日(日)14時30分から、昨年と同じとなるホテル阪急インターナショナルで開催されました。参加者は学会と重なったこともあり、例年に比べ少なく、18名であり、来賓者を入れて25名のメンバーでした(今年は高槻担当の年です)。
総会終了後、恒例の講演会では、石垣尚一先生(大阪大学歯学部付属病院口腔補綴科)が『MD(顎関節症)をもういちど考えてみるために』をテーマに納得のいく説明を展開されました。一般の皆さまには判りにくいと思いますが、この分野では『科学的に充分な知見を集めている期間』に『偏った考えの流派の主張』が一時的に脚光を浴び、やがては支持を失うのでありますが、それでも完全に否定できるようになるまでに30年を要しました。我々、ユーカリ友の会会員は講演に魅了され、予定を30分近くオーバーしてしまいました。来賓の皆さまには誠に申し訳ありませんでした。
次いで、懇親会です。まず、川井会長の挨拶があり、続いて来賓の方々の種々の話を伺った後、高4回吉川先生(元歯科医師ユーカリ友の会会長)の乾杯で楽しい宴が始まりました。新しい校長先生が『純正(高30回)』であることが懇親会を特に盛り上げてくれました。全国の有名校出身者に聞いても当会(歯科医師ユーカリ友の会)ほど、ここまで大きな組織はないようなので、岡﨑校長の誕生には本当に心強いものがあります。
『校歌』と『万歳三唱』の時には、もうすっかりほろ酔いのいい気分になっていました。
来年は茨木地区が担当
〔 高28回 伊吹悦有 記 〕
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2013年05月15日(水)更新
平成24年5月18日(金)に十和会の有志の同窓会を開催した。昨年の出席者は、5名であったが、須川兄が亡くなられたので、4名の諸君に連絡をしたが、安達兄は歩行が困難で、出席出来ないとのことで、笹川、谷口、村上の3名になった。我々は、今年中に、満95才になるが、出席の皆は元気に見えた。定刻の正午前に昨年と同じ、芥川の中国料理の尚興園に集まり、早速ビールで乾杯、お互いの健康を祝福した。話は、茨中の旧友の事に集中した。118名卒業したが、今存命しているのは、数名に過ぎない。十和会は、昭和10年の卒業に因んで命名されたものである。昭和54年(1979)に第1回が開催され、初期を除いて、毎年開催され、平成20年(2008)の第23回、満91才で、正式のものは、終了し、有志の同窓会が、平成21年(出席者5名)、22年(3名)、23年(5名)で開催されている。久敬会の中でも、最も永く続いた会と思う。話は、中学時代の種々の話題に渡り、中学生に帰ったように、楽しい時を過ごした。最後に、有志の会も今回で終了することにして、3時前に互いの健康を祈念して散会した。
(村上陽太郎 記)
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2013年05月15日(水)更新
最高齢層でも旧中44回は、クラス会も久敬会総会でも健気に活躍していると、ひそかに自負しているが、辻・小笠両幹事の糾合宜しく、と書きたいのに、その辻が一昨夜腸閉塞に猛襲され救急車で入院。坂が世話人で補いながら平成23年10月20日(木)13時半から恒例の梅田阪急グランドビル「白楽天」で、全国から11人の精鋭参加で開催。たいしたものだ!昨年以降甲田豊・豊田・八山・浜口・藤川・吉田・米原・蔵人と8人も逝去の悲運を悼んで黙祷の後開宴。辻心づくしの中華特注料理と各自思い思いの飲物で歓談忽ち昂揚。川端が幹事臨時代理の司会で、辻の見舞カンパを提案即賛同をえてスピーチ一巡に入る。世の中閉塞感充満の今の日本で85~6才の生きがいを享受させて貰えた。或る意味ではエリートたるをありがたく思い、病気の話しはよそうと申し合わせるが、耳の遠い奴は通ぜず、ガン手術闘病談の長口舌以外は、「茨虫塚」建立のまじめな成果や東京勢の動静を賑やかに伝え、或は茨木の文化財顕彰を報告。総じて渾名入りの恩師の想い出や自ら教員たりし教え子たちの盛り立てをなつかしむ向き、惚気交じりの女房感謝回想もあり、少人数出席のためか、心なしかシンミリ調のおかげさま老人会だが、旧友なつかしの集いですっかり元気を取戻して「天つ空見よ」合唱で散会。出席者は井口・井上稔・
今井・小笠・奥井・川端・坂・笹川・豊島・西田善・林。
(坂 記)
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2013年05月15日(水)更新
H23.11.21.ラマダホテル花外楼で総会を開いた。今年は幹事の中川君が怪我をし療養中のため鈴木君と久富君にお世話になった。集まったのは17名であった。
今年は木下恭二君が亡くなられました。ご冥福お祈りします。83 ・4歳もなって東京を合わせると40数名も同窓会に集まることは多いのか少ないのか分からないが考えられなかったことです。耳が遠い人や体の調子の悪い人も多かったがともかく健康に暮らすことが大切です。頭と身体を適当に使い食物に気をつけて絶対に転ばぬように注意してください。昭和生まれは次第に減ってきますが何とか子供や孫が教えられなかった昭和の美しい日本を語り伝えてほしいものです。もう我々の生存中に日本がよくなるとは思えませんが元気で過ごせる世の中にしたいものです。
(吉川和彌 記)
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2013年05月15日(水)更新
第19回「東京うだつ会」(第46回[昭和20年]卒、首都圏在住者同窓会)を、今年は場所を変えて、霞ヶ関ビル35階、東海大学校友会の一室で行った。
10名が入院、急病、家庭療養中、遠距離などで欠席の回答だったが、開会して程なく、吉本君が、杖を突きながら、付き添いの奥さんと共に現れ、全員拍手で出迎えた。これで参加者は、奥さんを入れて10名となり、昨年を1名上回った。今後の参加の在り方の一つではないだろうか。
例により、西田君の開会の挨拶、続いて長谷川君の時事講演、上田君の音頭による乾杯に始まり、12時~ 14時の予定を大幅に超過して和気藹々の間に、来年の再会を期してお開きとなった。
写真は左から清水、佐藤、長谷川、上田、西田、下田、彦坂、山上(吉本夫妻は撮影に間に合いませんでした)(敬称略)
(山上 記)
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2013年05月15日(水)更新
昭和27年春の卒業からちょうど60年のこの4月19日に、大阪駅前の「ホテルグランビア」で、4人の先生方をお迎えし記念の同期会を開きました。(同期の参加者は71人)今回で恐らく20回目は優に超えていると思われますが、遠方からの人々も加えて毎回お陰さまでなかなかの盛会を重ねてきました。
とりわけ今回は卒業後初めて、という方々も幾人かおいでになり、あの詰襟やセーラー服以来60年ぶりでもすぐに親しく交歓できるのは、やはり゙同期会゙の嬉しいところだと痛感しました。一次会は12時から3時、二次会はそのあと5時30分まで、本当に時間を忘れた賑やかな半日でした。
ただマコトニ残念なことですが、約370名の卒業生のうち、久敬会に届けられた限りの97名の物故の方々には、心からのご冥福をお祈り申しあげる次第でございます。
次回(25年秋) も、みんなナントカ元気で、なつかしく楽しいヒトトキを過ごせますことを切に願います。
(本多 記)
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