◆高38回 卒業38周年記念学年同窓会ご報告◆
前回の大同窓会から早や8年、本来なら2021年に開催する予定だったもののコロナ禍で開催できず、ようやく世の中も落ち着き、開催の運びとなりました。高38回にとって卒業38周年と語呂も良く、誰が言ったか13日13時に十三で会いましょうということで、2024年10月13日(日)13時に十三のホテルプラザオーサカで第3回学年同窓会を開催しました。
1年ぐらい前から前回の幹事面々に声を掛け、新たなメンバーも加えて総勢15名の幹事団を結成、1回目の幹事会を2024年1月14日に久敬会館で開催し、準備をスタートしました。
前回多数の出席者となった大きな要因である同窓会代行業者の力を今回も借りることを決めましたが、前回お願いした会社がコロナ禍で廃業となっており、別の会社に代行業務を依頼、案内状発送や当日の受付、会場との折衝などをお任せすると共に、専用ホームページを通じた出欠状況のリアルタイムでの更新や掲示板の運営などを行ってもらいました。最後は幹事をはじめとする声掛けも大いに功を奏し、参加者は目標の200名を超え、先生方5名を含めて215名となりました。参加者の内4割は関東をはじめ海外からも多数駆けつけてもらった遠方からの参加者、前回参加できなかった方も50名強おり、まさに卒業以来という人も多くいたのではないかと思います。
11組清水君の司会で開会、幹事挨拶、物故者黙祷の後、12組横山君の乾杯の発声で歓談開始、もうスタート前から大盛り上がりであっという間の3時間でした。
終了時刻間近に今回ご出席の金藤先生、甲部先生、井上先生、中西先生、西山先生からひと言ずついただきました。(93歳の寺本先生が出席の予定でしたが直前に風邪をひかれて出席が叶わなかったのは残念。)
その後記念撮影、校歌斉唱と続き、最後にニューヨークから参加の1組廣瀬さんのノリノリの締めでお開きとなりました。
1次会終了後の同会場での2次会も155名が参加、3次会以降はそれぞれに分かれ、途中で合流したりなどもしながら、私は4次会で終電帰宅、前回同様始発で帰った人もいたようです。
同窓会終了後はハイキングやサイクリング、料理教室などのミニイベントも復活してきたようで、これを機会にまた同期の交流が活発になればと思います。専用のホームページは引き続き使いますので、イベント等開催の折はぜひ掲示板にアップするなど活用ください。当日の多くの写真は専用ホームページの掲示板にリンクを貼ってある他、写真部長の磯田君が共有アルバムを作ってくれていますので、そちらも掲示板から参照ください。また、まだログインできていない方は今からでも参加できますので、ぜひご登録いただければと思います。(同期生の2/3が既に登録済みです。)
最後になりましたが、先生方をはじめ参加いただいた方皆様、一緒に準備を進めていただいた幹事の面々、当日協力いただいた清水君、横山君、廣瀬さんに改めて御礼申し上げます。
次回またお会いしましょう。
【今回の幹事(旧姓表記)】 1組:安部、2組:中原、3組:川上、4組:藤田、5組:保田、6組:、金村、小林、7組:酒井、8組:寺嶋、9組:後藤、林、10組:井内、11組:浅田、12組:森脇、川本
(報告10組 井内)
2024年11月29日(金)更新
◆第14回昭和30年三島野(茨木)高校卒業7期生会◆

令和6年、11月9日(土)表記同期生会を茨木市元町の割烹「片桐」(阪急通り商店街・茨木神社手前)において開催しました。昨年は世界を震撼させた新型コロナ禍のため4年ぶりに同期生会を再開させたばかりでしたのに、今年度中に全員88歳の米寿を迎えることもあり、同期生会の開催が危ぶまれました。有難いことに20名の参加申し込みがあり安堵しましたが、直前に体調不良と緊急入院で18名となりました。コロナ前の参加 40名から昨年は25名でした。光陰矢の如しと申しますが八十歳台で一層速くなったようです。世の無常を思い知らされた想いであります。
世話人挨拶、物故者への黙祷、増田光一氏の乾杯、歓談中の自己紹介・スピーチ、坂野道治氏恒例の伝統芸能「南京玉すだれ」荒木弘進氏の音頭で校歌斉唱、記念撮影、次期世話人荒木弘進氏の挨拶で「お開き」。再会を約束してお別れしました。
校歌斉唱の度、歌詞の高崇高さに打たれます。宇宙の真理と国運の隆盛を念ずる。
日本一の、否、世界一の校歌です。私たち同期生は昭和27年4月府立三島野高校へ入学しました。この年、日米安保条約等の発効により日本は独立を回復し、国際社会の仲間入りを果たしました。茨木高校への校名復帰運動が盛り上がっていて、在学中には実現する筈でしたが、三島野高校最後の卒業生となってしまいました。同期生会には茨木高校の名称を使っていました。数年前、同期生会の出欠返信に某氏(大手建設会社のOB)から一報があり「一度も出席しなかったが、卒業したのは三島野高校、校名は大切にされたし。」早速詫び状を出し、以後表記の通りとなりました。次に異色の同期生を紹介します。英国総領事館、府教育委員会を経て府立三国ヶ丘高校校長に着任し、30年前の100周年記念事業を担いました。私たちは栄えある母校の100周年に熱中しました。後日、府庁の久数会支部総会で来賓の先輩府議、大友康亘先生が発言されました。「三国ヶ丘・八尾・茨木の3枚、同時に誕生したが100周年事業は茨木が最高だった。」その時「いや、三国ヶ丘が最高でした。」と元同校校長の矜持を保ち発言しました。同期生の志尾吉俊君のことであります。日頃は温厚篤実そのものの彼を見直した一瞬でありました。
令和 6(2024)年は記録にも、記憶にも残る年となりました。元日に能登半島大震災等が発生しました。大谷翔平選手の米国大リーグでの未曾有の大活躍や国技大相撲では尊富士、大の里に始まり琴桜関の大関五場所での初賜杯等々。能登半島大震災の犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。また、被災に合われた方にお見舞い申し上げ、復興の一日も早からんことをお祈り申し上げる次第であります。同期生と同期生会の存在が身に染みる(熊木利隆記)
久敬会
2024年06月11日(火)更新
◆高74回 二十歳の会◆
今年も2024年1月6日に、高74回「二十歳の会」を開催させて頂きました!高校を卒業してから2年、懐かしい顔ぶれと久しぶりに再会し、とても楽しい時間を過ごすことが出来ました。久敬会長柴田様、事務局長安田様もご来場頂き本当にありがとうございました。昼は高校で集合し集合写真を、夕方は各々3年次のクラスに分かれ久敬会館などでクラス会を、夜は十三のプラザホテルオーサカで二十歳の会を開きました。全体を通し約300名が参加し、賑やかな時間を過ごしました。
二十歳の会は幹事、久敬会長様の挨拶に始まり、1年生や2年生のときのクラスで集まったり、ビンゴ、有志バンドや有志漫才(飛び込みもありました!)などの出し物も行い慌ただしくも楽しい時間でした。最後には今までの思い出をまとめたビデオを全員で鑑賞しました。3年次担任の先生方からお言葉も頂き大変充実した時間を過ごすことが出来ました。また数年後みんなで集まりたいです。
久敬会